14 posts tagged “トランプ”
トランプに紹介されている観光名所を巡る「トランプの旅」もついに感動(でもないか?)のフィナーレ。
迷い込んだ「口羽家住宅」を後にして、「ミドリヤファーム入り口」バス停からまぁーるバスに乗り込み約5分、「久坂玄瑞誕生地前」で降りる。
この「ミドリヤファーム」と「久坂玄瑞」も気なるところだが、今回はやっぱりパス。
テクテク歩いてきて到着した、鍵曲。
鍵曲とは、鍵の手に曲がった通路で、戦いの際見通しを悪くして敵の侵入を防ぐのを目的に造られたものだそうだ。
辺りを見渡して、撮影。
写真の目線が異常に高いが、道路端のフェンスに登ったのはココだけのヒミツだ。
うむ、たしかに、見通しが悪い、待ち伏せすると戦闘で優位に立てそうだ。
ちなみに、平安古は「ひやこ」と読む、地名って難しいね。
さて、次の目的地が最後の目的地になるのだが、このトランプの旅でお世話になってきた「萩循環まぁーるバス」の路線から結構外れた場所にある。
という訳で、いったん自宅に戻り自家用車で移動することにした。
シャッタースピードを1/30に固定して撮影すると、背景が流れる~
・・・・はい。
そして、ついに到着したのが「旧湯川家屋敷」。
ここは、トランプ無しの写真も見て欲しい。
この川は「藍場川」といって、昔は田畑へ水を引く小さな溝だったが、延享元年(1744年)に広くしたらしい。
先の農業用水路のほか、川舟を通して川上から薪炭等の物資輸送路としても用いられたそうだ。
そのため、舟の向きを変えるための舟廻しや、舟が通りやすいように両岸を高く持ち上げた石橋が残っている。
ちなみに、この「藍場川」、昔は単に大溝(おおみぞ)と呼んでいたが、幕末、川端に藍染の原料を商う「藍場」ができたため、いつのまにか「藍場川」と呼ばれるようになったそうだ。
そして、この湯川家屋敷は、藍場川とともにあった生活を色濃く残している。
写真ではわかりにくいが、流れを屋敷内に引き込んであって、洗い場があったりするそうだ。(当日は残念ながら時間が遅く、屋敷内には入れなかった)
さて、なんだかんだで、続けてきた「トランプの旅」、13箇所の場所を巡り、これにて終了。
完全に地元民なんだけど、観光ガイド(今回はトランプね)を片手に、バスを利用してウロウロすると、いつもの景色も違う表情を見せてくれてとても楽しい。
あと、田舎なんでどうしても、移動がマイカーになりがちだけど、あれはいけないと思う、なんか、移動が早すぎて道中を楽しめない。
そんなことを感じた旅だった。
探すと意外とある「ご当地トランプ」、とりあえず地元のトランプを手に入れてみてウロウロすると楽しいかもしれない。
おしまい
トランプに紹介されている観光名所を巡る「トランプの旅」、前回の記事から間があいたので、おさらいから。
萩城跡・指月公園入口でバスを降り、萩城跡前でシャッターチャンスを狙うも大量の観光客に遭遇、しばらくウロウロして無事撮影完了。
その後、運良く「萩八景遊覧船」の撮影に成功し、ウハウハのテンションのまま次なる撮影ポイントに向かって歩き出した。
が、これが間違いだった・・・。
というのが、前回の記事。
つづきの始まり始まり~
目指したのは「鍵曲(かいまがりと読む)」。
鍵曲とは、鍵の手に曲がった通路で、戦いの際見通しを悪くして敵の侵入を防ぐのを目的に造られたものだそうだ。
そして到着したのが、この辺り。
さて、あとはトランプと同じアングルを探して撮影っと・・・
ん?・・・
同じアングルが無いぞ?・・・。
今まではちょっと辺りを見渡せばすぐに見つかったのに、ここ鍵曲では、なぜか、見つけられない。
・・・
それもそのはず、実は萩には鍵曲が2つあるのだ、堀内と平安古(ひやこと読む)。
ここは堀内の鍵曲、トランプは平安古の鍵曲を示しているのだった。
2つあるという事実も知っていたし、トランプにはちゃんと「鍵曲(平安古)」と書いてあるにも関わらず、このミス。
このまま帰るのはなんか悔しいので、通り道の口羽家住宅にお邪魔することにした。
この方、もとは毛利家から分かれた家筋に当たり、石見国邑智郡(いわみのくにおおちぐん)口羽村(現在の島根県邑智郡羽須美村)の領主となったので口羽氏と名乗ったそうだ。
そして、関ヶ原の戦の後、毛利氏とともに萩に移り住み、代々要職を勤めたそうな。
萩城三の丸(現在の住所でいう堀内というところ)に住むだけあって、立派な屋敷だ。
昭和51年10月から54年2月まで、解体復元工事が行われたそうだが、江戸時代の風情を色濃く残している。
ちょうど、家主さんもいらっしゃって、主家に上がれてもらい、案内をしてもらった。
ここは「相の間」といって、二つの部屋の間にある小部屋で、表と内とを分け隔てる緩衝帯の役割を持っており、主人の身辺を護衛するための家来が、この部屋に身を隠していたそうだ。
なお、萩市内に現存する武家屋敷では、こうしたものが残っているのは非常に珍しいんだそうだ。
縁側から望む中庭、手入れが行き届いた植木の向こうには橋本川が流れる。
パネルに「風光明媚な趣のある一等地である。」と文面に偽りなし、一日中ボーっとしていたい。
さて、迷った分の元は取ったので、元気に元の場所に戻ろう、口羽家を後にする。
ちなみに、毛利家の家紋は一文字に三ツ星。
口羽家の家紋は二文字に三ツ星。
毛利の分家だということを表しているそうだ。
つづく
トランプに紹介されている観光名所を巡る「トランプの旅」もいよいよ佳境に。
菊ヶ浜海水浴場を後にし、熊谷美術館前からバスに乗り込み、向かった先は「萩城跡」。
萩城跡・指月公園入口でバスを降り、トランプの現す景色に向かって歩いていくと感じのいい雑貨屋さんを見つけた。
時間があるときにまたゆっくりと物色したい。
さて、目的地に到着したはいいが、観光バスの到着と重なったらしく、大勢の観光客に阻まれシャッターチャンスに恵まれない。
仕方が無いのでちょっと散歩をしてみる。
石垣の上にあるべき天守閣がない!!!。
そう、萩城跡は明治7年に取り壊され、現在はその雄姿を見ることはできない。
再建なんて声も上がっているようだけど、それはそれ、跡は跡でいいじゃないかとアタシは思う。
昔を思い描いて、立派な城が建っていて、毛利の殿様が城下町を眺めていたんだとしよう。
というわけで戻ってみると、観光客もすっかりいなくなったので、無事撮影。
萩城跡を後にし、ある予測のとも歩き出す。
いまいち撮影ポイントが不明なトランプを取り出し、周りの景色と見比べてみる。
やっぱりココだ。
ウロウロしていると、遊覧船が通りかかる、これはチャンスということで撮影。
いつか乗ってみたい、というか、見島・相島・大島行きの定期船にも乗ってみたいのよね~。
遊覧船が撮影できてウハウハのテンションのまま、次なる撮影ポイントに向かって歩き出した。
が、これが間違いだった・・・。
つづく。
トランプに紹介されている観光名所を巡る「トランプの旅」、日食やらなんやらですっかり間があいてしまった。
前回の記事では、城下町を歩いて「江戸屋横丁」「菊屋横丁」を巡り、そのまま徒歩で菊ヶ浜を目指すところまで書いた。
テクテク歩いて、菊ヶ浜に到着。
ココから見えるのは「笠山」、標高112m、日本一小さな火山だそうだ。
椿群生林があり、約2万5千本のヤブ椿はなかなかの見もの。(2~3月の萩・椿まつりにおいでませ。)
あいにくの天気で、写真のとおりにはいかなかった。
さて、気を取り直して、次の目的地を目指す。
熊谷美術館前からまぁーるバスに乗り込む、萩博物館前に停車するが、今回の旅の目的ではないため素通り。
つづく
トランプに紹介されている観光名所を巡る「トランプの旅」、次なる目的地はどこだろう。
トランプの旅(1日目)もいよいよ大詰め、といっても何か盛り上がりがあるわけではないが・・・。
やってきたのは東光寺。
さっき立ち寄った「大照院」が偶数代なのに対し、こちらは奇数代の毛利藩主が祀られているお寺。
元禄4年(1691年)萩藩三代藩主毛利吉就(よしなり)により建立。
朱塗りの総門を抜け・・・
三門にたどり着く。
この三門、東光寺が建立から約120年後、文化9年(1812年)建立。
ちなみに、さっき通った総門が元禄6年(1693年)建立なので・・・
東光寺ができて、朱塗りの総門が2年後に完成、んで、その120年後に東光寺と総門の中間地点に三門が完成ということになる。
全景の壮大さはもとより、この手の建物は細部にわたって造りがハンパじゃないね。
というわけで、恒例の写真を撮影。
ボケすぎで、なにがなんやら・・・。
ところで東光寺、チケットもそうだけど、
お地蔵さんもオサレね。
さて、ハートのK「旧萩藩校 明倫館・有備館」から始まり、ハートのQ「大照院」、ハートの8「浜崎伝統的建造物群保存地区」、ハートの3「萩反射炉」、ハートのA「松下村塾」、そしてハートの2「東光寺」を巡ったところで、1日目の予定は完了。
観光名所を示すカードは残り7枚、どうなることやら。
なにはともあれ、トランプの旅(2日目)につづく。
トランプに紹介されている観光名所を巡る「トランプの旅」、次なる目的地はどこだろう。
「萩しーまーと」バス停から乗り、次に降りたのは「松陰神社前」バス停。
文字通り、松陰神社の最寄のバス停なんだが、トランプが示す目的地は「松下村塾」だ。
ここは、語るに及ばず。
という訳で、少し遊んでみた。
講義室の狭さとは裏腹に、ここから発せられたメッセージの広がりは果てしない。
ちなみに、先に出てきた「旧萩藩校・明倫館」は士分しか入学できないいわゆるエリート学校だが、こちら松下村塾は誰にでも門戸を開いていたそうだ。
さぁ、次は一日目最後の目的地「東光寺」だ。
つづく
トランプに紹介されている観光名所を巡る「トランプの旅」、次なる目的地はどこだろう。
もう少しウロウロしたかった浜崎地区を後にして、「御船蔵入口」バス停からバスに揺られること15分、降りたのは「萩しーまーと」。
「萩しーまーと」はその日に水揚げされた新鮮な海産物や、さまざまな特産品を取り扱ったり、レストランまである道の駅。
本来の観光なら、ここでいろいろと買い物をしたりするのだろうが、今日は「トランプの旅」、萩しーまーとはそこそこに歩き出す。
そして、着いたのが「萩反射炉」
「反射炉」と聞いてもピンと来る方は少ないのではないだろうか?
ん~、あたしのイメージではこんな感じ(ウソ言ってたらごめんなさい)。
戦国時代の主戦力は刀や槍、信長以降は鉄砲。
続いて大砲も登場するんだけど、当時の鋳造技術では上手く出来なかった(刀の技術は世界一よ、でもそれは鍛造技術)。
鎖国当時の日本では鋳造技術はあまり進歩せず、日本では大砲は上手く溶かせる青銅製のままだったのさ。時は流れ幕末、欧米列強の軍艦から飛んでくるは巨大な鉄球ではないか!
「どうのつるぎ」より「てつのつるぎ」の方が強いなんて小学生でも知っている。「こりゃ、ウチも鉄製の大砲を作らねば!!」
で、登場するのがこの反射炉、発生する熱を反射させて鉄を高温でトロトロに溶かす炉なんだとさ。
・・・長っ。
と言うわけで、撮影。
ちなみに、現存する反射炉はこの萩反射炉と韮山反射炉の2箇所だけ。なぜかあたしは両方生で見ていたりする。
ここから市内を眺めながら、これから激変する日本のことを考えていたのだろうか?
さて、また歩いて萩しーまーとへ戻りバスに乗り込む。
カードが示す次なる目的地は、かの有名な「松下村塾」だ。
つづく。
目的のトランプの写真は撮ったが、ここ浜崎は古い町並みが残っているので、もう少しウロウロしてみる。
歩いていると、なにやら美味しそうな潮の香りが・・・。
それもそのはず、シロウオを干していた。
せっせと仕事をしていたオバチャンから「ちょこっと、つまんでみんさい」というありがたいお言葉。
なんともいえない塩加減で、とても美味しい。
潮風を浴びながら、新鮮なしらす干しを食べられるなんて、なんという贅沢。
次にお邪魔したのは、「旧山中家住宅」、梅屋七兵衛旧宅のガイドさんに教えられた場所。
なにやら、似顔絵や似顔人形(っていうのかな?)が展示してある。
この部屋は座敷の2階に当たる部屋で、奥の窓の向こうは中庭となる。
大通りに面した辺、いわゆる間口が狭く、奥に長い敷地の典型的な町家の構造なので、家屋に光を取り込む為に中庭があるそうだ。
この間口の長さによって税金が変わるという話を聞いて、この敷地の形も納得。
たしか、以前に行った静岡県焼津のなまりぶしの商店もこんな風に細長い造りだったなぁ、より多くの家が大通りに接することが出来るようにという知恵なんだろうな。
まだまだ、浜崎をウロウロしたいが、予定もあるので、バス停を目指す。
次なる目的地は「萩反射炉」、幕末の欧米列強に対する危機感が見え隠れする史跡だ。
つづく